2025年12月の記事一覧
【校長ブログ】環境ではなく、心の在り方
明日らか冬休みに入ります。この2学期の間、よく頑張りました。ほとんどの生徒が勉強や学校行事に一生懸命取り組み、大いに盛り上げてくれました。3学期も、仲間とともに自らを高めあいながら、さらに盛り上げていってほしいと思います。
さて、今日は、「地獄と極楽」という話をします。
昔、ある男が、閻魔大王に会いに行き、地獄と極楽と言うのは、どういう世界なのかを聞きました。すると、閻魔大王は、男に、地獄の様子と、極楽の様子を、それぞれ見せてくれました。まず、地獄に案内されて行くと、そこには大きなテーブルがあり、その上にはおいしそうな御馳走がいっぱい乗っていました。しかし、そのテーブルに向かっている人を見ると、どの人も、骨と皮ばかりに痩せ細って、目ばかりギラギラさせています。こんなに御馳走があるのになぜだろう、とよく見ると、体が椅子に縛り付けられていて、その手には長い箸を持たされていました。その長い箸で食べようとしますが、長すぎてうまく口に入らないのです。食べようと焦れば焦るほど思うようにならないので、ますます恐ろしい形相をして、お互い、にらみ合っている有様でした。
次に極楽に案内されて行くと、全く同じようなテーブルがあって、御馳走がいっぱい載っています。そのまわりに座っている人の体は椅子に縛りつけられていて、その手は長い箸を持っていました。状況は地獄と全く同じなのですが、そこに座っている人たちを見ると、みんな豊かに太っていて、見るからに楽しそうな、幸せそうな様子なのです。
さて、これはどういうことでしょうか?
実は、よく見てみると、極楽の人たちは、長い箸で御馳走を挟んでは、向かいの側の人に「はい、どうぞ」と差し出しているのです。すると向かい側の人は、「おいしい、おいしい」と食べては、今度は反対に、長い箸でごちそうを挟んで、「はい、どうぞ」と向かいの人に差し出すものですから、お互いに、「すみませんね、ありがとう、ありがとう」と言って、本当に幸せそうな顔をしているというわけです。
では、地獄と天国の違いは何だと思いますか?
1つは、自分だけが食べようとすると、結局誰も幸せになれないということです。地獄の人たちは、自分の口に入れようと必死になり、結果として誰も食べられず、互いをにらみ合うだけ。これは、自分の利益だけを追い求める、他人を敵とみなす、競争や奪い合いに走る、そんな社会の縮図にも見えます。
2つは、相手を助けることで、自分も満たされるということです。極楽の人たちは、まず相手に食べさせる。すると相手も自分に返してくれる。これは、思いやり、信頼、協力、相互扶助といった価値が、結果として自分自身の幸福につながることを示しています。
3つは、幸せは“与え合う関係”の中に生まれるということです。「はい、どうぞ」、「ありがとう」このやり取りが、極楽の世界を作っているのです。
つまり、地獄と極楽の違いは“環境”ではなく“心のあり方”であるということです。地獄も極楽も、同じテーブル、同じごちそう、同じ長い箸、同じように椅子に縛られている。条件は完全に同じ です。違うのは、そこにいる人たちの「心の使い方」だけです。人は、他者を思いやり、助け合うことで、自分も相手も幸せになれる。その心のあり方こそが、地獄を極楽に変える力になる。ということです。
どんなに知識や技術を身に付けても、どんなに成功を収めても、最後に人を動かすのは、「人としての在り方」です。どんなに時代が変わっても、どんなにスピードが求められても、「感謝の気持ち」や「思いやりの心」 を持つことの大切さは変わりません。
この冬休み中、皆さんには、このことをしっかりと受け止め、一日一日を大切に過してほしいと心から願っています。事故等には十分気を付けて、1月8日には元気な姿を見せてください。
それでは皆さん、良いお年を迎えてください。